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■3月22日(木)19:30 宮内家 R2H&手嶋りえ

2014年11月28日

悲しみのシミュレーション

悲しい夢を見ると、心理的にその悲しいことが実際に起こった時にこころがまいってしまわないようにするためなのだと思っています。悲しいことが起こったらこんな気持ちになっちゃうよという心のささやかな準備かと。言い換えれば、覚悟しとけよ、ということでしょうか。
だから、交通事故などで親しい人をなくすと何の準備もできていないのでとても辛いと思う。
子供のころ、両親が亡くなることを考えるだけで悲しくて悲しくて夜布団の中でしくしく泣いていた時期があります(笑)それもシミュレーションなのかどうかは分からないのですが、人はいつかは必ずなくなるものなのだと自分に言い聞かせて泣くのをやめました。
今や超高齢な両親に対してはそう遠くない未来にそんな日が来るのだと覚悟をしてはいます。入退院を繰り返しているのでそのたびにも覚悟をするわけです。覚悟をさせてくれるのはありがたいことかもしれません。

おととい音楽仲間のマサキさんがなくなりました。少し前にとても具合が悪くなったという本人の書き込みを見ていたので、回復するだろうという期待と力尽きてしまったらどうしようと・・・ある種の覚悟をしていました。
生前葬(フェアウェルライブ)では、たくさんの友達に囲まれ(400人くらい)いちばん輝いている姿を見ることができました。8月のボサノヴァナイトでお会いしたのが最後となりましたが、いつもと変わらず素敵な演奏をきくことができました。このまま良くなってほしい、良くなるに違いない。と願っていたのですが、とても残念です。素晴らしい生き方でした。
それでももう彼の演奏を聴いたり話したりできないのかと思うと、悲しいというか悔しいというか、お別れを言う気持ちになれなくて困っています。

だけどお腹はいつものように減るし、ご飯を食べ眠って生きているんだよね。私が死んだとしても、私を知る人はびっくりして悲しんでくれる人もいるとおもうけど、だんだん思い出になり記憶も薄らいでゆき、私と接した人たちがいなくなれば、何もなかったように時は流れてゆくんだろうな。
よほど歴史に残るような人でなければ、そういうもんだよね。それでいいともいうな。歴史に残らずとも、きらりと輝く人生を生き抜きたいな。
posted by RIO at 11:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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